姪が産まれた頃のバスタオルの思い出
バスタオルの思い出と言うと、姪が産まれた頃のことが思い出されます。
子どもの成長というものは早いもので、姪は現在、小学4年生です。
それでも、産まれた頃のことはハッキリと私の記憶に残っています。
姪が産まれた頃は実家で何ヶ月か世話をしていたこともあり、当時、一人暮らしをしていた私も実家に帰って手伝いをしていたものです。
お風呂に入れるのは母の担当でした。
そして、受け取るのが姪を産んだ姉や私が交代で行っていました。
その時に新品のバスタオルを何枚も用意して使ったのでした。
当時は初めての子育てということ無我夢中になっていましたが、私はしっかりと姪の成長を見続けてきました。
実は、バスタオルの大きさで体の成長を測っていたのです。
産まれた頃はもちろん、一枚広げても十分余ってしまうくらいの体の大きさでしたが、成長するにつれて、一枚でくるむことができなくなってきたのです。
今は縦長に広げれば姪の身長くらいにはなっていることでしょう。
こんなふうにして、姪の成長を感じることができました。
いつの間にか大きくなって、赤ちゃんの時のバスタオルを使うことはなくなってしまいましたが、実家には当時使っていた物がまだ残っています。
ボロボロになっても使い続けたバスタオル
バスタオルの思い出といえば、子供のころのことを思い出します。
だいたいの使い方というのはお風呂での使用方法だと思います。
そんなタオルですが、私も子供のころは使っていました。
お風呂あがりに使う自分のものがありました。
家族5人だったので、風呂場に5枚おいてあります。
柄や色が5枚それぞれ違うので、兄弟や親のものと区別がつくようにしていたのです。
そんなバスタオルですが、何回か使っていると愛着がわきます。
しかし、使い続けるたびにほつれて、ぼろぼろになっていきました。
だけど、そんな毎日使うものなのでなかなか捨てられず、使っていたのです。
しかし、お母さんはそんな私のボロボロになったバスタオルはかわいそうと思ったのか、ある日捨ててしまったのです。
いつものようにお風呂にはいって出て体を拭こうとしたらいつもの私のものがないのです。
そのかわりに新しいものになっていました。
私はショックでお母さんに言ったのです。
なぜ、捨ててしまったのかと。
そしたら、お母さんはあんなにボロボロでは水分を吸収してくれない。
というのです。
そうだけれど、私にしたら愛着のあるものだったので、とても悲しかったのです。
今でも、やっぱり毎日使うものには愛着がわくのでその当時はとにかくショックだったと思います。
そして、今でも愛着のあるバスタオルを使う私であります。
大きなピエロの絵が描かれたバスタオル
バスタオルの思い出というと、私はこの手のグッズについては子どものころに印象的な記憶があります。
当時私はスイミングスクールに通っていまして、タオルだけは自分の好みのものを持っていくことができました。
そのときに持っていくものは日によって違ったのですけど、いつもお気に入りのものをいくつか選んでおいて、それを持っていくようにしていたのです。
しかし、その日はなぜかいいものがなくて、仕方なく時間になったため、適当にそこらへんにあったものを持っていったのですが、みんなの前でバスタオルを広げたらあっと驚くことになったのです。
それは、デザインがかなり奇抜なものでして、大きなピエロの絵が描かれていた、かなり心臓に悪そうなものだったのです。
これには私もびっくりしまして、バスタオルそのものは機能的には何の問題もなかったにも関わらず、使うのが恥ずかしかったということがあったのです。
ですが、あとで親に聞いてみるとそれはかなり高価なもので、パーティグッズとして使うということがわかりましたので、ものの値段というのは何で決まるかわからないと子ども心にそう思いました。
現在も日常生活においてさまざまな場面で使われているバスタオルですけど、そのデザインはまさに千差万別であり、相当バリエーションが豊富ということがいえるようでして、これからもその種類は増える傾向にあると聞いています。
